Interview

震災以降の日本と向き合い、時代をリアルに映し出しながら、岩井監督が描こうとしたものとは?

震災以降の日本と向き合い、時代をリアルに映し出しながら、岩井監督が描こうとしたものとは?

3月26日(土)より岩井俊二監督の最新作「リップヴァンウィンクルの花嫁」が公開される。
“岩井美学”と称される独特の映像美で、数々の名作を生み出してきた岩井監督待望の新作は、派遣教員、SNS、なんでも屋、結婚式の代理出席、と時代を象徴する、あるいは現代の歪みを象徴するようなキーワードが並ぶ。
震災以降の日本と向き合い、今、この時代をリアルに映し出しながら、壮大に展開していく物語の中で、岩井監督が描こうとしているものとは――。
「作家として新しい領域に入った」と語る新作への思いを聞いた。

インタビュー・文 / 村崎文香 撮影 / 平間 至

「一昨年の11月から、黒木華さんと半ば共犯関係のように撮り重ねてきた作品。ようやく皆さんにお披露目できて、感無量です」
3月16日、新作『リップヴァンウィンクルの花嫁』完成披露上映会で顔をほころばせた岩井俊二監督。テレビドラマ『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』(93)で話題となり、『Love Letter』(95)で衝撃的な長編デビューを果たして以降、「岩井美学」とも呼ばれる比類なき映像美、独自の文体、実験的な手法で常に注目を集めてきた。
女優の魅力をスクリーンに開花させる手腕にも定評があるが、今回主演に選んだのは黒木華。ベルリン国際映画祭最優秀女優賞(銀熊賞)(2014)、日本アカデミー賞最優秀助演女優賞(2014、2015)連続受賞等を挙げるまでもなく、いま最も注目される女優の一人だ。
さらに綾野剛、Coccoという珠玉のトライアングルが奏でる緩急自在、予測不能のアンサンブルは、3時間という上映時間を短く感じさせるほど。
この日集まった400人も「何度でも観たい」「愛しい映画」と大絶賛。
早くも最高傑作の呼び声も高い『リップヴァンウィンクルの花嫁』について、監督に聞いた。

いまの日本は野性味やバイタリティを持ちにくい

黒木華さんと初めて組んだ感想を聞かせてください。

初めて会ったとき、「この娘しかいない」と思いました。魅了されるものがあった。予想に違わぬ器の大きさ。僕のほうからは注文なし。幸せな日々でした。愛される力を天性のものとして持っている。普通の女の子、普通の主婦を演じて2時間3時間お客さんの気持ちを引っ張り続けるのは、特別な才能がないとできない。女優として一番大切な質を持っていると思いました。

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(c)RVWフィルムパートナーズ

華さん演じる主人公の七海とともに、小さな池に飼われていた魚が大雨で流され、激流にのまれながらもなんとか泳ぎ抜いて、やがて大海に流れ着く、そんな仮想体験をさせていただいた3時間でした。311後の世界を生きる私たちのための映画だと思いました。

震災後から構想を練り始めて、魂と向き合いながら、数年間かけてつくった作品です。僕たちが立っている場所の危うさ、不思議さを描きたくて。
震災以前って、わりと平和で、多くの人たちにとっては幸福な世界だったと思うんです。ただ、僕個人はそこの脆弱さとか危うさというのが、ずっと気になっていて。まるで“病院のような国”だと思っていました。

“病院”?

人間が生きていくうえでの野性味やバイタリティというものを持ちづらい国。
その病院の中と外があるとしたら、ちょうどその“際(きわ)”を描くことが、自分の好奇心のど真ん中にあった。それは、震災前から姿を変え、形を変えて、通底するものとしてありました。
『スワロウテイル』(96)は、まさにその“外なのか際(きわ)なのか”ギリギリの外国移民を主人公にしました。
『PiCNiC』(96)もまた、病院の外に出ようとしている若者たちの話。
『Love Letter』は身近に死者を抱えている人たち。みんなが死者を「なかったこと」にしている時代、あえて「死者を抱えながら生きる」ことに寄り添いたい気持ちがありました。
最近の『ヴァンパイア』(12)は、自殺をしようとしている人たちを描いた。これはとても日本的な作品なんです。集団自殺なんて考えられない海外というフィールドで、あえて日本的なものを描いた。
基本的には、そのあたりが自分の表現したいポイントなのかなと思っています。

 

震災後、「いまだからつくれるもの」が出てきた

『花とアリス』(2004)の後、ロサンゼルスに拠点を移されました。

震災までの5年間ぐらい、日本で作る映画はもうなくなっていたんですね、僕の中で。もう届かないっていうか、ハンマーで叩いても傷ひとつつかないような状態があって。どうつくってもきっと、そんなことなかったかのようにしてしまう同調圧力があった。
“KY”なんて言葉もありましたが、“KY”って、そう言っている側は善ですから。『スワロウテイル』で“円都(イェン・タウン)”って言葉を使っていた日本人のような、人を差別するための言葉が普通に認知されている世界だったわけです。
こういうときはちょっと日本じゃつくれないなと思った。そして海外へ行って、まるで日本を紹介するかのような『ヴァンパイア』という作品をつくっていたんです。
そういう意味では震災後、もう一度日本でやる意義が出てきた。いまだからこそつくれるものっていうのがあるんだと思います。

新作では「いま」という時代の異常さ、危機的状況にあるのに見えない薄気味悪さが迫ってきます。高度に情報化され人間関係さえも大量生産・大量消費される時代に、主人公の七海はカーディガンを買うようにクリック一つで彼氏を見つけ、結婚し、そしていとも簡単に離婚させられてしまいます。いま、都会に暮らす独身女性が感じている小さな欲求……美味しいもの食べたいなとか、彼氏欲しいなとか、もうちょっといい家に住みたいなとか、そんな普通の欲求をつつましく満たそうとしただけなのに、それによって予想もしなかった方向へ人生が転がっていく。先の読めない展開に、主人公とともに引っ張り込まれる描き方が見事です。

シングル・イシューでみんなが共感できるような時代ではなくなってきています。特にいまの日本の現実の問題をそのまま提案して映画の中で表現したとしても、観る側が引き裂かれていく。
原発も安保法制も社会的問題としては大きな問題で、どう決着つけるのかは非常に重要です。でも、映画っていう表現方法の中でプロパガンダをやっていいとは思わない。こんなにみんながバラバラになっている中で、映画で何を描くか。考えました。
2011年に“絆”なんていう言葉で一体化していた人間が、いまは互いに疑心暗鬼になっている。いつ、誰が“炎上”するかわからない、国民の誰かがさらし者になって火あぶりにされているような状況がある。その中で、“みんな”が観られる作品っていうのを模索した結果、出てきたのが今回の映画で、まろやかなつくりになったかなと思っています。

 

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