連続テレビ小説『半分、青い。』特集 「まだまだ半分、青い。」  vol. 2

Interview

鈴愛の相手役・涼次を演じる間宮祥太朗が『半分、青い。』で大事にした「叱られながら愛されるということ」

鈴愛の相手役・涼次を演じる間宮祥太朗が『半分、青い。』で大事にした「叱られながら愛されるということ」

スタートから4ヶ月超、連続テレビ小説、すなわち朝ドラ『半分、青い。』が好評放送中だ。7月からは“人生・怒涛編”へ──という具合に、ストーリーの折り返し点を過ぎても、まだまだ盛り上がっていきそうな気配濃厚。そこで、後半戦も『半分、青い。』をいっそう楽しめるようにと、エンタメステーションでは特集中。キャストやスタッフにインタビューを行い、それぞれの「まだ青かったころ」のエピソード、そして収録時のエピソードや作品への思いなどをフィーチャーしていく。
今回は、永野芽郁扮するヒロイン・森山鈴愛(旧姓:楡野)の結婚相手・涼ちゃんこと、森山涼次役の間宮祥太朗が登場! 共演するたびに役の距離感が近くなったという永野の相手役を務めての感触や、鈴愛と涼次の関係性をはじめ、役者として感じたことなどを、つぶさに語ってもらった。

取材・文 / 平田真人 撮影 / 荻原大志

同じオーディションを受ける相手全員に、敵意まる出しだった駆け出しのころ。今から思うと、青かった。

始めに、この特集の共通質問からうかがいます。これまでの半生を振り返って、間宮さんが「あのころは、青かったな」と思うエピソードはありますか?

やっぱり、15~17歳のころの自分は青かったなと思います。オーディションを受けに行くと、めちゃめちゃ敵意まる出しでしたから。会場で、並べられたパイプ椅子に座って待っていたりするじゃないですか。もう…その時点で周りの人に対して威圧感をまる出しにしていて。そんなことをしても何にもならないんですけど、当時の自分は勝負だと思っていたんでしょうね。受かるのは誰か1人ですから、レース感覚だったというか。役を勝ち取るということは誰かを負かすということだから、一緒にオーディションを受けている人たちを蹴落とすじゃないですけど、“同じ役をめぐる敵”と認識していたんです。 なので…本来なら、お芝居をするにあたって共演する方々と協力して、いいシーンをつくっていくのが筋だと思うんですけど、10代のころの僕は「同じ作品に出ている役者の中で、誰がいい芝居をするかと思われる勝負じゃん」って、考えていたんです。そういう意味不明な敵意が常にありましたね。今は全然、勝ち負けじゃないなっていうことがわかるんですけど…。

いつごろのタイミングで、そのことに気がつかれたんですか?

徐々に、いろいろな役者さんや作品と出会ってご一緒する中で、という感じではあるんですけど、僕にとって一番大きかったのは、17~18歳の時に玉置玲央さんという役者さんに出会ったことですね。芝居がすごく上手で演劇を愛していらっしゃるのはもちろんなんですが、何よりも…本当の意味での共演──字に書いてのごとく“共に演じる”ことを大切にされる方なんですよ。特に舞台は毎日、同じ脚本を演じるわけで…ともすれば、だんだんと慣れていく感覚にも陥りやすくて。でも、玲央さんは常に心でやりとりするというか、新鮮な気持ちを生んでいくということを大切にされていらっしゃって。その姿をずっと見ていく中で、「ああ、これがお芝居なんだ」と気づかされたんです。

そういったきっかけがあって現在の間宮さんがあるわけですが、最近「まだまだ青いな…」と思った出来事は何かありますか?

あの…休みの日にものすごく寝ちゃうんですよね。まだまだ25歳なんていうのは子どもですけど、いい大人になったら休みの日も朝はキチッと起きて、いろいろなことをやりながら、ゆったり過ごすということをしなければいけないな、と思いつつ…ダメですね、ついつい寝てしまいます。今日(=取材日)も局に入る時間まで余裕があったので、朝9時ごろに起きて、ゆっくりコーヒーでも淹れて、朝ご飯をちゃんと食べて来る、というのが大人だなと頭ではわかっているんですけど、ギリッギリッまで寝ちゃうんです(笑)。そこは本気で改善していきたいところですね。夜型なので、少しずつでも朝型にシフトしていきたいです。

となると…これはちょっと聞いていいものかアレなんですけど、朝ドラをリアルタイムで視聴するということが、あまりなかったりしました…?

あ、そこはそうですね…もちろん観たことはありますけど、「いつも観ています!」と胸を張って言えなかったりもします(笑)。

(笑)。そんな中、強いて「思い出の朝ドラ」を挙げるとするなら、どの作品でしょう?

僕の中で、家族と一緒に朝ご飯どきに一番観ていたなと思い出すのは、『ちゅらさん』(’01年前期)ですね。まだ小学生でしたけど、学校に行く前、朝ご飯を食べながら観るのが習慣になっていました。自分が『半分、青い。』に出るようになって、久しぶりに毎回、朝ドラを観ているんですけど、すごくテンポや尺の長さがしっくりくることに気がついたんですよ、今さらですけど。毎日15分間、朝ドラを観てから家を出るというのは、何か生活習慣としてもリズムが出るよなぁって。…なんて言いながら、僕は録画して観ているんですけどね(笑)。

第97話より ©NHK
『追憶のかたつむり2』DVD化の契約書を涼次に見せ、借金返済を誓う祥平。

では、その『半分、青い。』の詳しいお話を聞いていきましょう。まず、出演のお話が来た時、どんなことを思いました?

自分では“朝向きの顔”じゃないと思っていたので、まずはすごくビックリしたというのが率直な気持ちでした。ただ、斎藤工さん演じる元住吉祥平に付く助監督という役だったので、ホッとしたところがあって。工さんとは今年、別のドラマ(テレビ朝日系で1月クールに放送された『BG~身辺警護人~』)でもずっと一緒だったので、そういう部分での安心感は大きかったですね。
そして…何よりも、僕は北川悦吏子さんの台本がすごく好きだったので、北川さんの作品に出演できることを、心からうれしく感じました。実際、いただいた台本を読んで、久しぶりに台本の時点で感動して涙を流したんですよ。『半分、青い。』の登場人物は、1人ひとりがとても愛らしく、一生懸命に生きている。もちろん、自分が演じる森山涼次もそうです。今まで自分が演じてきた役のイメージとも違って、やわらかくて愛嬌があって…人から愛される素敵な人間に描かれていて、すごく素敵だなと思いました。しかも北川さんは、僕と会った時のイメージから森山涼次という人物をふくらませて書いてくださったそうなんです。そういった背景もあって、すごく愛着をもって演じることができました。

北川悦吏子さんの作品の中でも、特に好きな作品はありますか?

ご本人とお会いした時にもお話したんですけど、僕は(北川が初めて監督を務めた)『ハルフウェイ』(’09)っていう映画が大好きなんです。何て言ったらいいのかな…繊細かつ力強さがあって。『半分、青い。』の台本を読んだ時にも思ったんですけど、北川さんの描く物語は登場人物たちがリアルに見えて感情移入できるとともに、その奥に北川さん自身の愛情が見え隠れするんですね。自分の役の視点で鈴愛の言動などを読み解いていくと、そこに北川さんの愛がすごく感じられるんです。それは、北川さんのほかの作品を観ていても、一緒で。北川さんから言葉を投げかけられている気持ちになるというか…すごく生きたセリフを生み出す方だなと思います。

第91話より ©NHK
楡野家の温かさに触れ、涙を流す涼次を「私が家族になるよ」と抱きしめる鈴愛。

その…『半分、青い。』で感じた北川さんの愛について、もう少し触れてもらってもいいですか?

そうですね…僕が台本を読んで涙した話にもつながるんですけど、北川さんご自身もクリエイターで、鈴愛も元漫画家で、涼次も映画監督を目指している表現者の端くれなんですけど、表現者に対する愛情と覚悟をすごく感じる台本だな、と思ったんです。特に、その部分が胸に響いたというか…表現をするために背負う葛藤や苦悩、それを越える喜びといった──北川さんご自身が体感してきたものづくりに対する覚悟や、表現者としての愛情を注いでいるんだな、と感じられてならなかったんですよね。

永野芽郁が流した涙を目の当たりにして、彼女が鈴愛として生きていることを実感した。

永野芽郁さんとは、ちょうど1年前の夏にドラマ『僕たちがやりました』(関西テレビ/フジテレビ系)で共演されていらっしゃいますね。それ以前にも何度かご一緒されていますが、『半分、青い。』でヒロインを演じている彼女と向き合って、どのような印象を受けましたか?

『半分、青い。』の話が決まって、芽郁ちゃんが演じる鈴愛と恋愛をして結婚すると聞いた時、ついにその距離感の関係性にまでたどり着いたかと思ったんです。一番最初に縁があったのが、あるドラマ(=日本テレビ系で’17年1月期に放送された『スーパーサラリーマン佐江内氏』)で、僕がゲスト出演した次の回のゲストが芽郁ちゃんだったんですよ。その時はすれ違いでしたけど、映画『帝一の國』(’17)では主人公・帝一の恋愛相手役で、後輩(=帝一)の彼女という関係性にまで近づいて。で、『僕やり』は友達(窪田正孝演じる主人公・増渕トビオ)の彼女だったので、何か徐々に近づいている感があるな、自分でもその近づき方が気色悪いなと思うくらい一歩ずつにじり寄っている感じがあって、とうとう結婚にまでこぎつけたか、と(笑)。
でも、振り返ってみると今までの作品では撮影中にほとんど会話をしていなかったんですよ。シーンもそんなにかぶっていなかったので、僕と入れ替わりに芽郁ちゃんがセットに入ってきて、『お疲れ様です~』って挨拶するくらいの感じだったんですよね。なので、実はどんな人なのかはわかっていなかったんですけど…今回はすごく彼女に助けられたなと思っていて。朝ドラで、しかも北川さんの台本で、すごく繊細な感情を見せていく中で、僕は鈴愛と出会って恋愛をして、一歩ずつ近づいてケンカもしたり、という…すごく心の距離が近い中でのお芝居だったので、目の前の相手を信じてお芝居に挑めるというのは、すごく重要なことだったんです。

それはつまり、永野さんが鈴愛その人だった、ということでしょうか?

そうです。鈴愛として生きてきた長さというか、鈴愛という役を考えてきた時間の長さの分だけ、役が身体に馴染んでいる感じがあって。何より、芽郁ちゃん自身が“生の感覚”を大切にする女優さんだったことが大きいですね。もちろん、準備をしてつくりこんでいる部分もあるんでしょうけど、実際に触れた温度だったり、その場での呼吸といったものを拾って演技をされる女優さんなので、彼女の生の感情の揺らぎに僕が引っ張られるカタチになったんです。それによって、結果的にすごく助けられたという感覚があるんですよね。
特に印象的だったのが、涼次が鈴愛の漫画のファンだったことを知って、彼女が泣くシーンです。台本でも「ここで泣く」とト書きがあったんですけど、「ここで泣けるかなあ」みたいなことを監督と僕で話していたんですね。監督は「場合によっては、このタイミングじゃなくても、感じたところで泣いてくれたら…でも、できれば涙はほしいかなぁ」といったニュアンスで考えていらっしゃったみたいで。ところが、僕と握手をした時、手の体温を感じた瞬間に心にきた──と、本人(=永野)は後から言っていたんですけど、本当に蛇口をひねったみたいに涙がポロポロ出てきて…僕、芝居中なのにビックリしちゃって! 「うわ、すごいな…こんなに信じられる涙はないな」と思ったと同時に、本当に頼りがいのある女優さんだなと、認識を新たにしたという…。
朝ドラのヒロインならではのプレッシャーがいろいろとあったり、スケジュール的にも大変でしょうから、僕が現場に入ったことで何か助けになればいいな、と思っていたんですけど、全然逆で、むしろ頼りにしていたんです(笑)。

第85話より ©NHK
涼次が鈴愛の漫画のファンであることを明かし、握手を交わす。

そうだったんですね(笑)。では、実際に朝ドラの経験されてみて、「ならでは」だなと感じたのはどんなところでしょう?

一番それを感じたのは、月曜日にその週に撮るシーンのリハーサルを全部して、セットが替わった時に、「このセットではこういう人たちが出てくる」というのが撮影の基準になっていたことですね。僕もいろいろなシーンに出させていただいたので、毎週毎週雰囲気が変わるというか。セットが替わって登場人物も入れ替わると、全然違う雰囲気になるんですよ。楡野家と僕を育ててくれた“三オバ”の藤村家とでは、ガラッと空気そのものも変わるんです。(鈴愛が働いている)「100円ショップ大納言」もそうですけど、それぞれのセットごとに空気がちゃんとあって。1ヶ月の間でも目まぐるしかったので、芽郁ちゃんはこれをずーっとやっているんだなと思うと、本当に比喩じゃなくて、その時間を鈴愛として生きているんだなって、すごく実感しました。

今、お話に上がったので聞きますが、“三オバ”のみなさんの印象はいかがでしたか?

“三オバ”のみなさんは言葉で語る印象よりも、肌で感じる圧がすごかったですね(笑)。僕、キムラ緑子さんが演じられている光江さんに怒られるシーンで、緑子さんのお芝居のパワーがすごくて、思わず汗をかきました。僕に対して当ててくるパワーが強かったので、汗をかいている自分にも驚いたんですけど、『あぁ、やっぱりすごい女優さんだなぁ』と思って。あとは“三オバ”という存在がある意味、「あぁ、だから森山涼次ってこういうふうに育ったんだな」と思わせるようなところもあります。自分の中で考えていた涼次像もあるんですけど、僕が撮影に入ってから…半月ほど経ってからお三方とお会いした時、涼次が涼次たる所以がわかって合点がいったんです。
でも、撮影中は本当に楽しかったですね。お一人ずつのキャラがすごく濃かったので、三オバの空気感に僕はそのまま右往左往すれば良かったという。何しろ、どんなシーンでもお三方はやっぱりすごく力強くて、なおかつ根底に明るいものが流れていたので、涼次の幼少期はいろいろあったかもしれないですけど、それでも優しく明るく、前向きに育ったのは三オバのおかげなんだなと、それこそ皮膚感覚で実感することができました。

第101話より ©NHK
席をはずそうとする三オバをとどめ、このあと鈴愛は涼次へ「子供ができたの」と告白する。

その三オバに愛し殺されるくらいの愛を注がれて育った涼次という人物を、間宮さんの視点からあらためて語っていただけるでしょうか。

何でしょうね…草木で言うと、三オバに支柱を立ててもらって、そこに寄っかかりながらも、すくすく成長した感じがあって。結果、まっすぐ育ったのかなという気がしているんです。だから、逆に頭の中で「こうだ!」と決めてしまうと、いろいろと考えられなくなってしまうんですよね。ある意味、柔軟性に欠けているというか。そこに関しては、ちょっと頑固な部分もあって。でも、自分が最終的に信じたものを信じぬくことができるところ、僕は個人的に好きなんです。未熟ながらも自分で決断を下して、そのことに覚悟を持ちたいようなところがあるからなんですけど。ただ、実年齢にしては少し幼いかもしれないですね。やっぱり、あの年齢で恋に恋しているような部分があって、わずか4日間を一緒に過ごしただけで鈴愛にプロポーズする、みたいなところは子どもっぽかったりもしますし。ただ…突き詰めると、根本には愛情というものをすごく求めていて、自分自身も持ちたい人なんだろうと思っていて。そこに対して涼次はすごくピュアなんじゃないかなと思いましたね。鈴愛ちゃんが好きだから、好きという気持ちを表現したいし、愛してもらいたいという想いが強い人なのだろうな、と。
そのキャラクターをすべて表しているのが、鈴愛ちゃんに告白したシーンの“傘のセリフ”だと思っていて。律のセリフを踏まえた上で、「傘をささなければ、両方で雨を感じられる」という涼次の感覚は、ちょっと自分にも近いんですよ。個人的なことですけど、僕も雨の日に傘をささないので、何かそこは共感できます。マネージャーには「ビショビショで現場に来るな!」と怒られるんですけど…(笑)。

そういう“抜けている”ところが、愛すべきところなんでしょうね。

森山涼次に関して言えば、母性本能をくすぐるような愛嬌と、叱られながら愛されるというところを大事にできたらいいなと思っていて。それが涼次の一番の魅力だからです。実際、叱られて愛される人って強いですよね。男女関係に限らず…たとえば先輩だったり仕事の上司から、「まったく、お前は…」と言いながらもかわいがられる人って、何だかんだ魅力的で愛されているじゃないですか。そういうところを涼ちゃん──それこそ誰からも“涼ちゃん”と呼ばれるような人なので、そういうふうに演じられたらいいなと思っていました。おっしゃるように、ダメなところが愛おしいというのは多かれ少なかれあって、本人が恥ずかしい部分だったり、照れてしまうような至らない部分こそが、周りの人から見たら一番の魅力だったりするのかもしれない…と感じたりもしました。

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