音楽界最大のドラマ 【グラミー賞 2016】  vol. 5

Interview

洋楽の仕事に携わる自分にとって、1年に1度のご褒美です

洋楽の仕事に携わる自分にとって、1年に1度のご褒美です

増子仁【私とグラミー賞】

 毎年恒例となったWOWOWによるグラミー賞生中継に、’06年より関わっている増子仁氏は、テレビやラジオの音楽番組制作を手がけると同時に音楽ライターとしても活躍中。そんな音楽プロフェッショナルな増子氏ならではのグラミー体験談や、華やかなステージの裏で起きていた悲喜こもごものエピソード、進化するグラミーなど、多角的にお話を伺った。

インタビュー・文 / 赤尾美香


LAにある開催場所のステイプルズ・センターは最初、だだっ広い駐車場と野っぱらしかなかった

初めてグラミー賞に行かれたのは第44回(’02年)だそうですが、きっかけはどんなことだったのですか?

この年のグラミー賞には、“9.11の後、最初のグラミー”という大義名分はもちろんありました。当時のアメリカの音楽シーンは、わりと歌もののロックが流行っていて、僕らもその“トリプルA(Adult Album Alternative)”と呼ばれるジャンルを日本でも定着させようと一生懸命でした。その流れの中で、トレインというバンドの解説をソニーミュージックさんに依頼されて書いたんですけど、そのトレインがグラミー賞において主要部門を含めて相当いい感じでいきそうだ、ということになって。それで「この機会にグラミー賞授賞式を見たいんだけど」とソニーさんにお願いしてチケットを取ってもらったんです。

現地ロサンゼルスは、数日前からグラミー・ウィークだ! みたいな感じで……。

'02年開催の第44回グラミー賞授賞式のパンフレット。

’02年開催の第44回グラミー賞授賞式のパンフレット。

盛り上がっていましたよ。関係者だったり豪華アーティストだったりがLAに集結しているので、いろんなところでライヴもやっているんですけど、いかんせんお金もなかったしひとりだったっていうのもあったので……。これ観たいなって思ったのが、確かドン・ヘンリーとシェリル・クロウとビリー・ジョエルと、そういう人たちが集合したライヴ。確かLAフォーラムでやっていました。今でも続いていますが、授賞式の前日などは、いろんな場所でいろんなパーティが催されています。

現地に到着した時には、緊張しましたか?

まあまあ緊張とワクワク感と両方ありましたけど、一番面白かったのは’02年に僕が初めて行った時は、会場であるステイプルズ・センターがあるLAのダウンタウン界隈ってステイプルズしかなかったんです。あとはだだっ広い駐車場と野っぱら。近くにマリオット・ホテルが一軒あったかな。本当に何もなくて怖かったくらい。こんな所でグラミーやるのか、とすら思いました。それから、仕事でグラミーに関わるようになってから現地に行ったのが’08年なんですけど、行ってビックリですよ。あの何もなかった界隈が、LA の再開発で“LAライヴ”っていう風な観光名所になっちゃった。ステイプルズの隣にノキア・シアターができたりとか、大観光地になってしまったんですよね。

グラミー賞は最高権威のアウォードだけれども、アメリカの賞だなっていうのを強く感じましたね

肝心のトレインですが、受賞は…。

しました。最優秀ロック・ソングを獲って、パフォーマンスもしました。

増子さんが大好きなボブ・ディランも出ています。

それが悔しいパフォーマンスなんですよ!『ラヴ・アンド・セフト』が受賞して、パフォーマンスもしたんですけど、ステージの上に白いボックスがあって、その中にメンバー全員がいるんです。ところが僕は3階席から見下ろしてるから、全景は見えるんだけど、箱の中は見えないんですよ。そういう悔しい思いをしましたね。声は聞こえましたが、姿が見えない……。

アリシア・キーズもいますね。

そう、アリシア・キーズ・ナイトだった年です。U2とアリシア・キーズかな。U2が年間最優秀レコードで、年間最優秀アルバムが『オー・ブラザー!』。新人賞はアリシア・キーズね。9.11の後、みんなで頑張っていこうというメッセージが強い年で、オープニングのパフォーマンスはU2の「ウォーク・オン」でした。

近年、グラミー授賞式におけるパフォーマンスの比重が高くなっていますよね。

'09年開催の第51回グラミー賞授賞式のパンフレット。

’09年開催の第51回グラミー賞授賞式のパンフレット。

リサーチしていくと、CBSが生中継する3時間のショウの中でコラボレーションをやっていこう、パフォーマンスに力を入れていこうとなったのは、おそらく’00年くらいからなんです。僕が観にいった時、すごく印象的だったのは、クリスティーナ・アギレラとPINK!とマイアとリル・キムによるパフォーマンス。「レディ・マーマレード」が売れている時で、その4人がパフォーマンスして、オリジナルのパティ・ラベルがボンッて出てきて共演したのは、すごかったですね。9.11後というのでは、この年にミュージケアーズ・パーソン・オブ・ザ・イヤー(音楽業界での功績と慈善活動への献身を讃える)を授与されたビリー・ジョエルが、トニー・ベネットと一緒に「ニューヨーク・ステート・オブ・マインド」を歌いました。これが成立するというのは、やっぱりグラミーという場だからなのかなという印象は受けました。

 もうひとつ、『オー・ブラザー!』のアルバム賞受賞なんかは、アメリカのルーツ、アメリカ的なものを大切にしていかなくちゃいけないよねっていう思いも裏側にあったのかな、と思います。グラミー賞は世界が注目する最高権威のアウォードだけれども、すごくアメリカの賞だなっていうのを、僕は強く感じましたね。

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