若手ライターが選ぶ!買ってでも聴くべき本当の名曲  vol. 8

Column

これぞサンプリングの美味! 今聴いておくべきヒップホップ・ビートメイカー 5選

これぞサンプリングの美味! 今聴いておくべきヒップホップ・ビートメイカー 5選

多種多様な配信サービスの乱立、ジャンルの限りない細分化、アナログレコードやハイレゾ音源といった「音質」にこだわる聴き方の広まり――
「どのように」音楽を聴くかということと「どんな」音楽を聴くかということが複雑に絡まりあう現代において、音楽作品を「買って聴く」ということはどのような体験なのか。

今回、エンタメステーションでは、新進気鋭の若手ライター12人に「買ってでも聴くべき本当の名曲」というテーマで作品のセレクトを依頼した。
最前線の音楽シーンを見つめる12人は、それぞれどのような切り口でこの課題に応えてくれたのか。ぜひ紹介されている音源を実際に「買って」「聴いて」その違いを楽しんでみてほしい。


「ビート」とは何か? / 「ビートメイカー」の誕生

ヒップホップにとってビートとは、何だろうか。あるいは、ラップにとって、ビートとは。ヒップホップの四大要素にはDJイングとMCイングは含まれているが、ビートメイキングは含まれない。ではそれは一体何なのか。
ヒップホップの文脈の中でラップという表現が生まれたとき、その背後で鳴っていたのは、DJが回すディスコやソウル、ファンクのレコードだった。というよりも、それらをプレイするDJイングが先行して、パーティを盛り上げるためにその楽曲の上で言葉を繰り出すうち、その言葉はリズミカルなフレーズめいたものになっていき、ラップという表現につながったとも言われている。
その時点では、ビートは、DJがプレイするレコードにあらかじめ溝として刻まれているものだった。レコードの溝は英語で「groove」というから、ビートの「グルーヴ」は、「溝=groove」としてレコードに刻まれていた。DJたちは、様々なスタイルや演奏法を編み出した。様々な楽曲の様々な断片を切り出し、つなぎ、繰り返し、脱臼させた。そして切り刻まれてループされるビートは、「ブレイクビーツ」と呼ばれた。

だから、最初期のラップのレコードのバックトラックは、生バンドの演奏だった。つまり、この頃はビートメイカーという存在はまだ現れていなかった。
しかしその後、様々な機材の誕生とそれらの活用により、ビートは、独特の形を取るようになる。まずはドラムのサウンドを電子音で再現するドラムマシーンの誕生により、これらのサウンドがラップを下支えするようになる。
そしてさらに、サンプラーという機材の登場が、革命をもたらした。サンプラ―は、かつてDJたちが手動でつぎはぎしループさせていたフレーズを、機械仕掛けでプログラミングすることを可能にした。参照可能なデータベースは、レコードだけでなく、全てのメディアのあらゆるサウンドだ。つまり、ブレイクビーツをつなぐだけでなく、ドラムの一音一音、その上で鳴らされるベース、キーボードのコード、ホーン、そしてソウルフルなヴォーカルコーラスまで、あらゆるサウンドを「サンプリング」して組み合わせ、新しいビート作ることが可能になったのだ。それまでに存在するあらゆるサウンドが、ビートメイカーのライブラリーとなった。

90年代、このサンプラーを武器としたビートメイキングが興隆し、ヒップホップサウンドの覇権を握った時代が存在した。様々なビートメイカーは、「プロデューサー」から「アーティスト」として名を轟かせるようになる。あくまでもラップのバックを支えていたビートは、それ単体でも価値を持つようになり、クラブミュージックと一体となって独自のジャンルを形成するようになる。DJ ShadowやDJ Krush、J Dillaらのアルバムは、インストヒップホップとして、言葉のないビートによる、壮大な物語の提示が可能であることを証明した。
その後、シンセを多用するよりエレクトリックなアプローチや、あるいは生音を多用するアプローチなど、ビートメイキングは多様化することになる。
しかしヒップホップのビートメイキングの美学は、やはりサンプリングにこそ最も顕著に表れる。価値のない雑音の束から、ドープなビートを生みだすこと。あるいは皆が知っている楽曲を使い、その一部を全く違う形で利用し、誰にも原曲を気付かせないような形で新たなビートを組むこと。価値を反転させること。
今回、ビート・オリエンテッドな音源と共に紹介するのは、このようなサンプリングの美学に憑りつかれた、日本を中心に活躍するビートメイカーたちの格闘の断片だ。

case 1: Aru-2

Aru-2
「Monkie Heat」

トリビュート・アルバム『MONK’s Playhouse』収録

もう何年も前に初めてビートライブで見た若き才気は、超ロングのドレッドヘアーを振り乱しながらビートに乗る様が印象的だった。そのダイナミックな動きが象徴する、彼を突き動かすファンクネス。とにかくとめどなく溢れ出すビートとメロディ、特に床下で歌う象徴的なベースラインを、日々形にし続けながら疾走する。そのような過剰さが、彼を常に駆り立たせている。
優れたビートメイカーは、優れたベースラインを持っている。サンプリングした単音のベース、あるいはミニムーグのサイン波で、グルーヴを支えるラインを弾く。DJ Premierも、Pete Rockも、J Dillaも然り。
ここで取り上げる「Monkie Heart」では、冒頭のチョップされたピアノサンプル(セロニアス・モンクのトリビュートアルバム収録曲なのでこの偉人のフレーズだろう)、つんのめるスネアにまず耳がいくが、サイン波のベースの動きこそが、楽曲全体のグルーヴをつかさどっていることは理解に難くないだろう。
もうひとつ特徴的なのは、ソウルフルなヴォーカルラインと並走する、自由に出入りするブラスやリード系のシンセサウンドだ。
彼の世代は、ローファイさがかつての特徴だったサンプラーのサウンドに拘泥することはない。サンプルネタも、シンセのフレーズも、ベースラインも、等価に扱う。頭の中に生まれたフレーズを鍵盤で弾くことは、架空のメロディをサンプリングし、実体化させてしまうことでもある。

case 2: Budamunk

Issugi & Budamunk
「Thirsty Fonk (feat. 仙人掌)」

アルバム『II BARRET』収録

Budamunkは、時間を空間に転換して提示するビートメイカーだ。彼のビートは、活字媒体において「行間を読む」というときの「隙間」を孕んでいる。
「Thirsty Fonk」で聴こえてくるのは、J Dillaを彷彿とさせる、JBと思しきヴォイスやサイン波のベース。そしてそれらと共に、2小節の紙面のうち、一音一音そこ以外は考えられない位置に配置されるのは、彼らしいリムショット的なスネアと、スライスされ原型を留めない、なにがしかのサンプリング音だ。
レコードからサンプリングしたネタを分割して、出自が分からなくなるまでスライスすること。チョップすること。そして、これらの身元不明の欠片でビートを組み上げること。
一方で数小節のサンプリングネタ同士が見事に重なり合うのが、コラージュ・アート的なビートの魅力だが、他方には、このようなミニマリズム的なアプローチが存在する。
隙間を有するビートは、MCたちにとっては最高のプレイグラウンドだ。同曲のIssugiと仙人掌の言葉のひとつひとつが空間的にせり出して聴こえるのは、Budamunkのビートの行間が、彼らのライムの一語一語の行間をも前景化しているからに、ほかならない。

case 3: Aaron Choulai

Kojoe & Aaron Choulai
「Fly420」

このパプアニューギニア出身のジャズピアニストがビートメイキングに魅せられたのはなぜだろうか。ピアノが弾ける人間は音楽の構造が分かっているから、ビートも器用に作ることができる? ものごとがそんなに単純でないことは、例えばRobert Glasperらが牽引する現在のジャズとヒップホップの蜜月関係が築かれるまで、長い間、ジャズ畑からヒップホップへのアプローチが簡単ではなかったことにも表れている。
ヒップホップのビートメイキングにおいては、何かの楽器をマスターしていることと、ビートのドープさを聴き分ける耳を持っているかどうかは、また別の話なのだ。
Aaronはそれをジャッジする耳を持っている。そしてサウンドのヴィジョンを具現化するスキルを持っている。彼が特異なのは、それを具現化するためにサンプリングソースを、レコード棚に求めるだけでなく、自身の演奏に求めることができることだ。彼がピアノから持ち込んだのは、自分の演奏、あるいはバンドの奏者たちの演奏をサンプリングするというアプローチだ。
Kojoeという天才的な耳と舌を持ったMCと組んだアルバム『good day bad habit』は、そのような彼ら自身たちの演奏をネタとした、フレッシュなサンプル群が溢れる傑作だ。「Fly420」は、冒頭のKojoeの人間性が垣間見られるスキットの背後で鳴るストリングスを中心に、静かに燃えるようなライムのトーンと完全にシンクロするベースとスネアのブラッシングが印象的な一曲。途中控えめに爪弾かれるオルゴール系サウンドのフレーズ以外、ピアニストであることを感じさせないことが、Aaronのプロデューサーとしての抑制された視座を示しているようだ。

case 4: Sweet William

Sweet William
「Cheep Brown / Hyper Suit (feat. サトウユウヤ)」

アルバム『Arte Frasco』収録

ここにもまた、鍵盤を翔ける手を味方につけたビートメイカーがいる。ジャジーなコードをピックアップし、サンプリングするのみならずときには弾き直すことで、より自由な発想で、サンプリングソースを使いこなすこと。
しかし彼の武器はそれだけではない。ポップであることの探求がビートの隙間に滲む。それはヒップホップにおいてはセルアウトという言葉で括られがちな、大衆に媚びるようなポップのあり方とは異なる。ワンループがひとつの美学となっているヒップホップのビートメイキングに、どのようにダイナミズムをつけるのか。リスナーの体を大きく揺さぶるような、ジェットコースターライドのようなビートはどのようにして可能か。
例えばここで取り上げた「Cheep Brown」で、ほんの1小節だけJ DillaプロデュースのSlum Villageの「Players」のループから始まり(後には「Fall In Love」のドラムも)、ジャズギターのループになだれ込む冒頭部分だけ聴いても、その姿勢は明らかだ。思えば同アルバム収録の「Ah Uh」で引用しているATCQが切り開いたのは、ジャズネタでポップであるという命題だった。
ともすればモノクロのイメージに収束しかねないワンループに彩色すること。様々なサンプリングネタの抜き差しによるダイナミズムで、カラーを付与すること。彼のキャンパスには、まだまだ果てがないように見える。

case 5: OMSB

OMSB
「Think Good」

アルバム『Think Good』収録

サンプリングの美学を考える上で、このビートメイカー/MCの存在は外せない。MPCを自身の身体の延長のようにハンドリングし、掴み取るサンプリングソースは何でもありの、底なしだ。J Dillaがそうだったように。自身の創作にルールを課さず、使えるものは全てその暗視スコープに捕捉される。
2015年のマスターピース『Think Good』に収録の同名曲は、6分を超える大作だ。楽曲のレングスが日々短くなっていく中で、彼はじっくりと時間をかけて展開するビートをも自身のスタイルとしている。
「Think Good」の中盤で目にする、いや、耳にするものは一体何だろう。ブレイクダウンからFat Joeと思しき声ネタのスクラッチ、ブリブリのベースに乱打されるスネア群、そしてパッド系シンセのマイナーコードが描き出す壮大なランドスケープに、再度これまでのフックで聴かれるメジャーコードのブラスセクションがなだれ込む。サンプリングという手法で生まれる最も重要な副産物のひとつは、通常の音楽理論に従うなら有りえない不協和音やコード進行、リズムのズレといったものだ。数多くのジャンルの中で、これが顕在化しているのがサンプリング・オリエンテッドなヒップホップビーツの世界だ。あるパートが半音ズレて他の音にぶつかっても、その不協和音の歪さに、ある意味で優位性が生まれてしまうのが、ヒップホップなのだ。
それがヒップホップにおいて、価値があることを示す「ドープ」という言葉を定義付けていることのひとつではないか。OMSBのそれのように、どこがどうカッコ良いのか、簡単に説明できないようなドープネスは、グルーヴのイデアと、音と音がぶつかり生まれる歪さとの交点にこそ、胚胎されるのかもしれない。


ビートメイカーたちは、サンプラーのパッドを右手に、鍵盤を左手に、今日もそのドープネスに翻弄され、それを探求し続ける。

執筆者プロフィール:吉田 雅史(よしだ・まさし)

1975年生まれ。〈ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾〉初代総代。批評家 /ビートメイカー/ラッパー。『ele-king』や『ユリイカ』誌などで音楽批評中心に活動、『ゲンロンβ』で「アンビバレント・ヒップホップ」連載中。ビートメイカー/ラッパーとしては8th wonderでの活動の他、直近ではMA$A$HI名義でMeisoのアルバム『轆轤』をプロデュース。主著に『ラップは何を映しているのか』(大和田俊之氏、磯部涼氏との共著)。

vol.7
vol.8
vol.9