時間が流れることと音があることは、漫画との決定的な違いだなと。(末次)
映画もまさにそうではないかと思いますが…?
末次 衣装さんが選ばれた着物とかを見て、ハッとするようなことってあります?
小泉 あります。基本的に僕は任せっぱなしです(笑)。
末次 詩暢ちゃんが『結び』で着ていた黒地に宝物がたくさんあしらわれている着物が、すごくかわいいんですよ。あれをよく探されたなあと思って。
小泉 ちなみに、衣装さんは『ちはやふる』原作の大・大・大ファンなんですよ。
末次 え、そうなんですか!だからかな、この黒地に宝物というのがすごく詩暢ちゃんらしくて。ちょっとお茶目な柄というか、ポップでいいなぁと思いました。

若宮詩暢(松岡茉優) ©2018映画「ちはやふる」製作委員会 ©末次由紀/講談社
小泉 こういう着物を着ている詩暢を原作で見たような気がするんですけど、敢えて読み返したりはしないんです。気がする、というぐらいが映画化する上で僕は重要だと思っていて。つまり雰囲気を掴んでいるという事なんです。
末次 うん、すごく似合っているし、詩暢ちゃんのイメージに合ってます。これだけの数のキャラクターを小泉監督はよく2時間で編み込めたな、と。配置もそうですし、初めて出るキャラクターの登場してくるタイミングだったり。原作を読まず、『上の句・下の句』も未見で『結び』から初めて観る方もいると思うんですけど、その人にもわかりやすいようにという配慮もする中で、本当に絶妙に配置してあって。周防(久志)さんも、強いのに声が小さいというキャラをどのように描くのか、すごく楽しみにしていて。なので、周防さんを記者さんたちがインタビューするシーンで、しゃべりだした途端に全員が耳をそばだてるために一歩踏み出して「は?」と言っているところとか、すごく楽しかったです(笑)。その描き方が、『ちはやふる』の個性になっているなって。
小泉 実は賀来(賢人)くん本人も悩んでいました。「声が小さい」芝居は、本当に小声でしゃべるのかどうか、と。芝居のリアリティから小さい声でやるのは大事だけど、音声の問題があるなと思いつつ、一回やってみようと。そしたら、全然マイクが拾いませんでした(笑)。録音部から「無理ですね」と。
末次 じゃあ、周防さんの声は編集で絞ってあるということですか?
小泉 そうですね。あとは、周りの空気感やリアクションで、声が小さいという表現ができるから、自分が思ってるよりは大きめに声を出してもいいよ。あ、今のは出し過ぎ…といったように、現場で随時調整していきました。
映像化する上で特に難しかったのは、実際の競技かるたは一瞬で勝負がつくのに、映画ではそうじゃないわけですよね。競技的なテクニックや「この選手はここがすごい!」といったところを、会話以外でも繰り広げられているので、それを描写しようとすると、収集がつかなくなってしまうんですよ。

周防久志(永世名人)
末次 周りの人がたくさん説明しないといけなくなるわけですね。
小泉 そうなんです。2〜3枚とるのに、どれだけ時間がかかるんだという感じにもなってしまいますし。そういう意味では漫画を映画化する時の一番の違いというのは、時間の流れ方なんだなと、あらためて実感しました。
映画の場合は、誰がどんな状況にあろうと上映時間が刻々と流れているわけですが、漫画は時間を止めて描写することができるんですよ。そう考えると、スポーツを描くのに向いているのは漫画なんだなと。一瞬を動きではなく、ストップモーションで見せていけるという。その壁をどう突破するかというのが、映画化のテーマでしたね。
中でも大きな決断だったのは、物語の流れが冗長にならないように競技かるたのテクニカルな説明を大胆に省くということ。本当に必要な部分だけを説明して、それ以外はドラマで見せようと。だから、たぶん映画を観終わった時点で、競技かるたのルールが完全にわかるかというと、そうだと言い切れないお客さんの方が多いかもしれなくて(笑)。
末次 テクニックはすごかったけど、何がすごいのかはよくわからないという。
小泉 よくわからないけど多分すごいんだろう、という認識で十分かなと。大事なのは物語に没入できるかどうか、ですから。
末次 詳しく知りたいと思ったら、原作を読んでください(笑)。それか、本当の名人・クイーン戦を観てもらう。YouTubeで探すと出てくるので、観れば驚異的な速さなのがわかります。

©2018映画「ちはやふる」製作委員会 ©末次由紀/講談社
末次先生は映画をご覧になって、どのように感じられましたか?
末次 映画は、撮っている時は無音というか、自然な音しかしないわけですけど、撮っている時点から「ここで疾走感を出したい」とか「ここは切なさを助長したい」といった効果音や音楽に対するイメージはあるのかなって思っていたんです。
小泉 ある程度、イメージはあります。すべてが明確というわけじゃないですし、脳内で鳴っているというわけでもないので、音響効果さん──サウンドデザイナーというスタッフに音を出してもらいます。
末次 イメージを言葉で伝えるということですね。その時に楽器も指定するんですか?
小泉 音楽については楽器を指定することもあります。基本的には音楽家に1回お任せして、その上でブラッシュアップしていく感じですけど、まれに“ピアノじゃなくて弦楽器”かも、みたいな話をすることもありますね。でも、全部自分で指定しているわけではなくて。
末次 千早の闘志に火が着くシーンでロックな楽曲がかかりましたけど、あれも監督が「ここはエレキで」みたいな演出があったのかなって。
小泉 あのシーンは、最初からエレキだったわけではないんですよ。1回目はEDMですね。『上の句』で、千早を目当てに集まった新入生を追っ払う時に掛かった曲を当ててみたんですけど、やっぱりちょっと違うね、『結び』っぽくないなと。そういうやりとりから始まって、ちょっと古典的な楽器のパターンをやってみましょうかとなって、弦楽器の多重奏をつくってもらったんですけど、ちょっとカッコよすぎるかな、と(笑)。じゃあ、ベタだけどヘビメタいってみますかというところに行き着いて、結果、落ち着いたという。なので、全部が全部最初からイメージどおりにいくというわけではなくて、紆余曲折あって着地するといったパターンもあります。アコースティックギターからガットギターに変えてみたらピッタリはまった、みたいな例もあって。

演出中の小泉徳宏監督 ©2018映画「ちはやふる」製作委員会 ©末次由紀/講談社
末次 そうなんですね!いや、漫画は音がしないので、そこが映像化との違いでもありますし、映画になる時の大きな武器として足されるポイントなのかなと思ったんです。さっき監督もおっしゃっていましたけど、時間が流れることと音があることは、漫画との決定的な違いだなと。残念ながら両方とも温度と匂いと味がないんですけど(笑)、その2つ(時間と音)があるだけでも羨ましくなることがあります。
小泉 確かに音をつけられるのはすごく大きいですね。
末次 いくら漫画で「速い!」と言っても、実際に動きで見せるのと、そのアクションに付随する音──畳を叩く音、ざわめく声、そして主題歌がある…というのは、ものすごく表現の幅が広がるなぁ、映画はズルいなぁーなんて、要は羨ましいんですけど(笑)。
小泉 でも、それは”隣の芝生は青い”じゃないですけど、音楽映画をつくった人間からすると、音楽を直接的に表現しなくていい音楽漫画を読んで、ズルいなぁ、いいなぁ〜と思っちゃいますけどね(笑)。
末次 ”超絶的な技巧!”と吹き出しに入れればいいわけですからね(笑)。”透明感のあるメロディーだ”とか。でも、映画はそれを具現しないといけない。
小泉 しかも、音楽に特別詳しくないお客さんが観てもわかるようにしないといけないわけで、表現のアプローチがまったく漫画とは変わってくるというわけです。そう考えると、漫画と映画、それぞれに得意なところがありますよね…と。

©2018映画「ちはやふる」製作委員会 ©末次由紀/講談社
末次 『ちはやふる』で言うと、大会のシーンなんかも1コマで説明できちゃう描写も、映画はメインの俳優さんたちに技術のスタッフさんが入って、エキストラさんも入れて…かるたを何回も同じように並べ直して、って撮っていくわけじゃないですか。それだけでも気が遠くなりそうなのに、NGなんて出た時は…頭抱えるなーって(笑)。でも、監督は「もう1回」って言わなくちゃいけないわけじゃないですか、心を鬼にして。強い意志を試されるのかなとも思いました。
小泉 だから、空気を読まない力が大事なんですよ(笑)。