黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 13

Interview

ゲームディレクター須田剛一氏(下)起業の試練を越えたグラスホッパーが今描く未来

ゲームディレクター須田剛一氏(下)起業の試練を越えたグラスホッパーが今描く未来

「グラスホッパー」の由来

2015年 ドイツメディア取材で長野へ クルーと

「グラスホッパー」にも由来があるんですよね。

須田 UKに「ライド(Ride)」っていうバンドがありまして。今また再結成してますけども、彼らのインストの曲で10分ぐらいの長い曲があるんです。それが「グラスホッパー」っていうんですよ。その曲が好きで聞いてたっていうか……ただ好きなだけじゃなくて僕にとってのエネルギーというかガソリンだったんですね。 デビュー作の『ファイプロ』の頃、朝から終電までずっと仕事、もちろん徹夜もするんですけど、夕方の6時から7時まで睡眠時間にしてたんです。で、ヘッドホンを着けてライドの「グラスホッパー」を大音量でずっとループで流しながら寝てたんですよ。

おお、なんと・・・。

須田 それで、1時間ずっと「グラスホッパー」を聞くとエネルギーが注入されて、またガッツリ仕事ができたんです。そのときの気持ちを忘れないために、自分にガソリンを入れてくれた楽曲のタイトルをつけようと思って「グラスホッパー」にしたんです。カッコイイじゃないですか「グラスホッパー」って。バッタって意味合いもなんか好きで。

連帯保証人のハンコ押すのは怖かった

なるほど。それで、創業されたわけですけど、アスキーはいろいろ社内事情があって応援をしてくれなくなりますよね。そのあとは完全に自力でやるしかなくなった感じですか。

須田 そうです。その通りです。

まさに社長業として試された時期ですよね。すごい大変だったんじゃないですか?

須田 大変でした。アスキーから受託で予算もらってたんですけども、ある日突然なくなったんですね。どうすんだって話ですし、営業しなきゃいけませんし。で、決まりそうになった時にキャッシュがなくなって。その時、初めて銀行に行って融資をお願いしました。そういうところからスタートしたんで、そこで試されたというか、覚悟を持ちました。

だって連帯保証人のハンコ押すわけじゃないですか。てことは、これは返さなきゃいけない。返す覚悟で押さないといけない。だから、ホント最初怖かったです、ハンコ押すとき。この1500万円を返せんのかなあ、返せなかったらどうなるんだろうって。簡単な気持ちで会社作ったんじゃないので、いつかこういう時がくるみたいなことは、漠然とイメージはしてたんです、ただ、あのときはいろんな決意みたいなものを、自分の中でもう1回かみしめながら押印しましたね。生々しい話ですけど(笑)。

僕も社長業をやったし、今もやってるから分かるけど、そこでアスキーさんの資金繰りとか支援が切れるっていうのは、すごい大変だったと思います。

須田 命綱がなくなった感じでしたもんね、イメージ的には。しかも、ヒューマンって鎖国の会社だったんで、業界に知り合いがいなかったんですよね。ルートがなくて自分が動かないとなんともならないので、いろんな人に頭下げて紹介してもらったりしました。ホント海に飛び込む感じでした。その時に比べたらヒューマンはお風呂みたいなものでしたね。

すごく恵まれていたわけですね。

須田 ホント、あったかいお湯でしたもん。アスキーさんも敷地内のプールみたいなもんでした。で、アスキーさんがもうゲーム事業撤退となって、完全に命綱なくなって海にボーンと投げだされて。しかも、僕はカナヅチなんですよ。僕自身泳げないし、社長としても泳げない。でも、泳がなきゃいけないっていう。

自分から出てくる企画をお金に換えるしかない

そのあとパブリッシャーを探しつつのコンテンツ作りをしてきたじゃないですか。

須田 はい、そうです。

それって、パートナーがいないと作れないわけですよね。しかも、相手は須田さんのクリエイティビティを求めているわけで。今はガンホーさんの傘下というか、資本が入られたので安定されているかもしれませんけど、それまではすごく大変だったんじゃないかと思っているんです。もちろん、今は今で別の大変さがあると思いますが、どうなんでしょうか。

2016年 ロンドン EDGE取材

須田 う~~ん、振り返ってみると大変でしたけど、当時は大変と思う瞬間がないぐらい、前に進まないと何も始まらない状態だったので。とにかく前進、前進あるのみ、みたいな感じでした。だから、シンプルに考えてましたね。僕は企画出身で、お金を生むのは企画しかないんだと。自分から出てくる企画をお金に換えるしか、グラスホッパーっていう会社が生き残る道はないので、それだけをやろうと。他が作れないスタジオの特色だったりとか、僕自身の強みだったりとか、もともとゼロベースでなかったものを構築していって、実績、実績でとにかくやっていこうっていう。で、新しいところの門を叩いて、組ませていただいて。その連続でしたね。

でも、そうやって常に新しいもの、みんなが見たことがないようなものを提供してきたわけじゃないですか。須田さんが今まで構築されてきたものは、常にそこに凝縮されていたってことですよね。

須田 そうだと思いますね。現場のみんなと、今度はこれでいこうみたいな感じで一緒に作り上げていって。で、ドンピシャでハマるときもあれば、まあちょっとズレたんで直しましょうってときもあってっていう。それはホントもう……黒川さんなら分かると思いますけど、やっぱり組む先が違うと戦略も変わるじゃないですか。ここと組むにはこの戦略だったりとか、この企画書だったりとかっていうのがあって。あと、決定権が誰にあるのかっていうのも、すごく大事ですよね。

そうですね、分かります。

須田 ですよね。ハンコ押すのは誰なんだと。担当者の裏にいる決定権を持つ人は誰なんだっていうのを会話しながらなんとなく探っていって。その決定権を持つ人の傾向とか特色とか、どういう書式が一番いいのかも含めてリサーチをかけたりしてっていう。そういうものを自分の中でなんとなくでも理解してないと勝てないじゃないですか。

取れないですよね、作品をね。

須田 そうなんです。取れないんですよ。

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