デヴィッド・ボウイニューアルバム『★』特集  vol. 0

Review

歌詞から読み解く ニュー・アルバム『★』

歌詞から読み解く ニュー・アルバム『★』
01.「★」
“スター”としての現在の立ち位置をマニフェスト

 往年の名作『ステイション・トゥ・ステイション』(’76年発表)を思わせる荘厳な大作。楽曲のみならず、ダーク・ファンタジー的な世界を描きつつ、“スター”としての自身の現在の立ち位置をマニフェストするかのような歌詞構造も共通する。空に輝く黒き星とはなんのことか。まるで寓話や神話のように、どこに誰を当てはめるかによっていくらでも深読みできる内容であるが、もちろんただのフィクションとしても読めるだろう。しかし、ボウイがスターシステム内の自らを相対化し、弄び、時には翻弄されつつ、危うさの中で独自のペルソナ表現を成立させてきたことはよく知られたところである(いわゆる“RCA時代”とは、ボウイ自身が自ら作り上げたペルソナと闘争を戦った時期と言うこともできる。よって、その最終作『スケアリー・モンスターズ』では化粧が剥がれて素顔が現れた)。『ザ・ネクスト・デイ』『エクストラ』にもその萌芽は少し見られたが、今作ではその構造が完全に復活した。


02.「‘Tis a Pity She Was a Whore」
近年の傾向が表れた中世の劇作品からの引用作

 ’14年にボウイ自身によるホーム・レコーディング・ヴァージョンがリリースされた楽曲だが、今回は再録音され、圧倒的にスリリングなトラックとして蘇った。古めかしい英語によるタイトルは17世紀に活躍したイギリスの劇作家・ジョン・フォード(1586-1639)によって1629〜33年頃に発表された戯曲タイトル。日本では小田島雄志による訳『あわれ彼女は娼婦』の邦題で知られている。兄姉間の恋愛と謀略とを描く戯曲と、ゲリラ戦の一場面を取り出したような今作の詞内容にそれほど関連性が高いとも思われないが、このタイトルフレーズは、女性のある傾向についての呪詛の言葉として用いられている。イギリス中世の(かなりマニアックな)劇作品からの引用/レファレンスは『ザ・ネクスト・デイ』にも多く見られた。昔からそれに近い趣味はあったものの、その方向性を明確にしたことは、ボウイ近年の傾向のひとつと言うことができるだろう。


03.「Lazarus」
神話的世界の唐突な破綻/SFと日常の混淆

 現在NYで上演中のミュージカル作品のタイトルソング。作品は’76年にニコラス・ローグ監督/ボウイ主演で映画化された『地球に落ちてきた男』の続編であり、映画の“その後”が描かれる。「ラザルス」は、新約聖書におけるラザロ(一度死ぬが、イエスによって蘇る)、「金持ちとラザロ」の物語(苦行者が神アブラハムに救われる)、もしくは、脳死患者が脊髄反射によって手足を動かす“ラザロ徴候”をも意味すると考えられる。主人公は高きにありながら自由を待ち望む。その様子をわれわれが伺い知ることができるのは、彼がうっかり下界に落とした携帯電話を通じてのことだ。これは音楽がスマートフォンで聴かれる意も含まれているのかどうか。だとすれば、ここでわれわれが聞く内容は、幸運にも偶然繋がった電話の内容に近い。神話的世界の唐突な破綻/SFと日常との混淆感覚は、古くはたとえば「Life On Mars?」に見られる、ボウイお得意のものである。この構造は、ロボットやオバケが普通の生活に突然登場する藤子・F・不二雄作品にも通じる、非常に20世紀SF的な舞台設定である。


04.「Sue (Or In a Season of Crime)」
多層的な用語法と挟み込まれた暗喩による傑作

 ’14年にリリースされ、その斬新さに驚きを以て迎えられた楽曲。今作プロダクションの原点となったこの曲が再録音され、さらにスリリングになって蘇った。ブラック・ミュージック的リズムとクルーナー的歌唱の拮抗というボウイ伝統のテーマが新たな形で昇華された、ボウイ史上でも傑作の部類に属するトラックである。歌詞の面でもテンションが高い。具体的な情景を描写するストーリー展開でありながら、二重三重に読み込むことができる用語法と挟み込まれた暗喩によって拡がりが与えられている。“Sue”には女性の愛称の“スー”、そして“訴えよ”という意味が重ねられている。どちらの意を取るかによってこの曲の聞こえ方は大きく変わるだろう。

 そしてなによりも、“この罪の季節の中では、誰も償いなど求めない”……サブタイトルにも使われている通り、ボウイが最も叩きつけたかったと思しきこの一節を、今のわれわれはどう読むだろうか。


05.「Girl Loves Me」
どぎつい隠語とそれによる言葉遊びが乱舞

 今作中、最も興味深い歌詞を持つ楽曲。20世紀中盤ロンドンのごく一部の地域、特にゲイの間で使われた「ポラーリ」という話法、そしてアントニー・バージェス『時計じかけのオレンジ』に用いられた人工語「ナッドサット」によって書かれている。トニー・ヴィスコンティは今作について“ロンドン生まれの一部の世代にとってはピンと来る歌詞だろうね”と語っているが、今作の翻訳のアドヴァイスをしてくれたロンドン生まれの英国人にとっても、“いや、これは普通の英国人には何を歌っているのかほとんどわからない歌詞だよ”とのこと(笑)。どぎつい隠語とそれによる言葉遊びとが乱舞するが、その中で浮かび上がる残忍かつ猥雑、そしてホモソーシャルな世界は、確かに『時計じかけのオレンジ』を彷彿とさせるものがある。そして前述のトニーがこう話していることも記しておかねばならない。“新作中には、ISISのことを歌った作品もあるんだ”。

文/熊谷朋哉

※本記事は2015年12月に寄稿されました。

リリース情報

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デヴィッド・ボウイ
『★』
ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
2500円+税
1.8 on sale
初回デジパック仕様 / Blu-Spec CD2(日本のみ)仕様 / 歌詞・対訳・解説付

1. ★
2. ティズ・ア・ピティ・シー・ワズ・ア・ホア
3. ラザルス
4. スー(オア・イン・ア・シーズン・オブ・クライム)
5. ガール・ラヴズ・ミー
6. ダラー・デイズ
7. アイ・キャント・ギヴ・エヴリシング・アウェイ

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