ありとあらゆる人物伝に挑戦してきたハリウッド映画だが、かつて一度も映画化されていない人物が何人かいる。東西冷戦時代、チェス大国ソ連を相手に独特の閃きを武器に戦いを挑んだアメリカ人天才チェス・プレイヤー、ボビー・フィッシャーもそのひとりだ。
常人の想像を遙かに超えた予測能力の持ち主でありながら、家庭には恵まれず、米ソの思惑に躍らされながらも、ひたすらチェックメイトを目指した謎の偉人である。
この異色のキャラクターの実像に迫る『完全なるチェックメイト』で、主演と製作を兼任するトビー・マグワイアが役作りのプロセスについて語ってくれた。
彼が挑戦した試合が困難に満ちていたかがよく分かった
その時、演じ甲斐がある役だと確信したんだ
とにかく、僕なりにボビーについて掘り下げていくしかないと思ったから、彼に関する本を数冊読み、膨大なインタビュー映像を分析し、また、ボビーゆかりの人々と対面してその人となりを語ってもらったんだ。すると、ボビーの家庭環境や彼が挑戦した試合の状況がいかに困難に満ちていたかがよくわかったよ。その時、演じがいがある役だと確信したんだ。チェスの試合を描きながら、同時に魅力あふれるキャラクターがそこに存在していたから。
それは僕にもわからない。ある部分では明らかに純粋な競争心に突き動かされての行動だったと思うし、彼は自分自身を世界最高のチェスプレーヤーだと信じ、それを証明したかったんだろうね。そのために挑戦者全員を打ち負かすことが不可欠だったわけで。反面、ボビーは天才であるが故に普通の社会生活を営むのは困難だったと思う。妄想性障害と診断されていたから。
そう、そして、神父が予言したとおり、ある種の精神的異状はボビーの生涯を最後まで支配することになるんだ。
ボビーは紛れもないヒーローだったと思うけれど
アンチヒーロー的な屈折した精神を隠し持っていた
ボビーの母親、レジーナはシングルマザーで、何カ国語も話せるインテリであり、アメリカで共産主義が台頭していた時代に共産主義グループと交流があったためにFBIに監視される身でもあったんだ。外部との交流に忙しいレジーナはボビーを姉に預け、ボビーは結局その姉、つまり叔母の手で育てられることになる。レジーナはボビーを決して愛してないわけじゃなかったと思うけれど、ボビーはそんな生活に正直うんざりしていたんだろうね。それが、彼を一層チェスにのめり込ませることになるんだ。
確かに。しかし立場こそ違うけれど、彼らは純粋にチェスを愛していたんだと思う。少なくともボビーはチェス盤の上で展開する嘘のない、純粋な頭脳戦をこよなく愛していたはずだよ。何物も介在しない他者との交信をね。そういう意味で、ボビーは紛れもないヒーローだったと思うけれど、内面にはアンチヒーロー的な屈折した精神を隠し持っていたところがユニークだよね。
文/清藤秀人
偶然か否か、ここ2、3年のハリウッドでは冷戦時代を背景にした作品が相次いで製作されている。来年のオスカー有力候補と目されているスティーヴン・スピルバーグ監督、トム・ハンクス主演の『ブリッジ・オブ・スパイ』(1月8日公開)もそのひとつだ。かつて『スパイダーマン』(’02年公開〜)でスーパーヒーローを演じたトビー・マグワイアが、そんな空気を感じ取って挑んだ渾身のチェス・ドラマも、過ぎ去った時代への好奇心に満ちている。
トビー・マグワイア
’93年公開の映画『ボーイズ・ライフ』で本格的に映画デビュー。その後、『カラー・オブ・ハート』(’98年公開)や『サイダーハウス・ルール』(’99年公開)で存在感のある演技を披露し、『スパイダーマン』(’02年公開)の主役に抜擢されてブレイク。その他に『さらば、ベルリン』(’06年公開)、『華麗なるギャツビー』(’13年)などに出演。
映画『完全なるチェックメイト』
12月25日(金)全国ロードショー
配給 ギャガ
監督 エドワード・ズウィック
出演 トビー・マグワイア、ピーター・サースガード、リーヴ・シュレイバー、マイケル・スタールバーグ、リリー・レーブ、ロビン・ワイガート ほか
IQ187を誇る天才で15歳にしてチェスの最年少グランドマスターとなったボビー・フィッシャー(トビー・マグワイア)は謙虚のかけらもない自信家で、突飛な思考を持つ。そんなボビーが世界王者を24年間保持してきたソ連で王者として君臨するボリス・スパスキー(リーヴ・シュレイバー)への挑戦権を獲得する。時は米ソ冷戦時代の’72年。アイスランドで開催されたチェスの世界王者決定戦で、両国の威信をかけた“知”の代理戦争として世界中の注目を集める中、両者はぶつかり合う。絶対不利と見られたフィッシャーは極限状態の中、常軌を逸した戦略を打ち立て……。
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