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映画館でオペラ・デビュー! 10周年を迎えた「METライブビューイング」

映画館でオペラ・デビュー! 10周年を迎えた「METライブビューイング」

ニューヨーク、アッパー・ウェストサイドにそびえ立つメトロポリタン歌劇場。

美しく輝く噴水を配したそのオペラ・ハウスは、世界一ゴージャスな劇場と呼ばれている。5つのアーチを描くファサード、黄金の天井とカーテン、五層からなる客席と舞台機構――なかでもいちばんゴージャスなのが、メトロポリタン・オペラ、通称「MET(メト)」の公演そのものだ。

そんなMETの公演が、日本の映画館で気軽に楽しめるのをご存知だろうか?

今年10周年を迎えた「METライブビューイング」である。

Photo: The Summer HD Festival presents Georges Bizet's CARMEN with Elina Garanca & Roberto Alagna; screening photographed: Thursday, September 1, 2011; 7:45 PM at Lincoln Center Plaza/Met Opera at Lincoln Center; New York, NY. Photograph: © 2011 Richard Termine PHOTO CREDIT - Richard Termine

Photo: The Summer HD Festival presents Georges Bizet’s CARMEN with Elina Garanca & Roberto Alagna; screening photographed: Thursday, September 1, 2011; 7:45 PM at Lincoln Center Plaza/Met Opera at Lincoln Center; New York, NY. Photograph: © 2011 Richard Termine
PHOTO CREDIT – Richard Termine

「METライブビューイング」は、現在隆盛を極める各種舞台やイベントの劇場中継に先駆け、2006にスタート。世界のトップ歌手たちが、旬の演出家による魅惑的なステージで競演するMETの“録れたて”ライブ映像を、本国では同時中継で、日本でも数週間の時差で目撃することができる。しかも、全国の映画館で。

もちろんお小遣い価格だし、一張羅を引っ張り出す必要もない。

その上「劇場にオリンピック(の撮影技術)を持ちこもう!」を合言葉に、たんなる劇場中継とも生の舞台ともまったく違うドラマティックなカメラワークを実現。幕間には歌手たちのインタビューやバックステージ中継というおまけ付き。じつにサービス精神旺盛なのだ。

“開演”したとたん、気持ちはニューヨーク社交界へトリップ。『月の輝く夜に』のような映画や『SEX and the CITY』、『ゴシップガール』のようなドラマを通してあこがれた劇場の雰囲気に浸りながら、「今年もMETのオープニングの季節だね」「今シーズンの注目作はなんだっけ?」なんていう日常会話だってできる!

実際、この秋スタートした記念すべき10周年の話題の的は、ヴェルディの2作品。中世スペインの騎士たちの熱いパッションを描いた『イル・トロヴァトーレ』(10/31-11/6上映)、 

Dmitri Hvorostovsky as Count di Luna in Verdi’s “Il Trovatore.” Photo: Ken Howard/Metropolitan Opera   Taken during the final dress rehearsal on Febraury 13, 2009 at the Metropolitan Opera in New York City.

Dmitri Hvorostovsky as Count di Luna in Verdi’s “Il Trovatore.”
Photo: Ken Howard/Metropolitan Opera
Taken during the final dress rehearsal on Febraury 13, 2009 at the Metropolitan Opera in New York City.

そして、ハリウッド女優のヘレン・ミレンやジェシカ・チャンテインらが駆けつけ、タイムズ・スクエアでのパブリックビューイングも話題となったシーズン初日の『オテロ』(11/14-20)だった。

OTELLO_3644a_©Ken Howard/Metropolitan Opera_sRPhoto: Ken Howard/Metropolitan Opera

『オテロ』はシェイクスピア原作の悲劇。ムーア人の勇敢な将軍が、嫉妬やコンプレックスという内面の脆さによって最愛の妻デズデーモナを殺し、自滅していく。

しかし、部下イアーゴの策略のためとはいえ、オテロのDVはひどすぎる。「愛があれば許される? 冗談でしょ!」と、本気で物語のなかの男を腹立たしく思ったが、それは楚々として、じつは勇ましいデズデーモナを演じたソプラノの新星ソニア・ヨンチェーヴァのせいだろう。

オテロ©Ken Howard/Metropolitan OperaRPhoto: Ken Howard/Metropolitan Opera

まさに正統派、プリンセス・ソプラノ。

押しつけがましくないのに、直接脳天に響いてくるような清らかな歌声。優雅な身のこなし。惹きこまれる美貌と演技力は衝撃だった。ブロードウェイでも活躍する演出家バートレット・シャーの、たまらなくエレガントに心理を強調した新演出、指揮者ヤニック・ネゼ=セガンによるキレキレのオーケストラも気持ちよかった――というように、私たちは日本にいながらにして、ニューヨークの最新ニュースを分かちあえる。

幕間のインタビューでソニアが語った「デズデーモナは犠牲者でなく英雄」というフレーズも忘れられない。

本来の英雄だったはずのオテロが嫉妬の狂気にとらわれたとき、「救う/救われる」の構図が逆転したのだろう。第3幕で「涙が止まらない」と歌うデズデーモナのメロディが戦闘的なのは、死を覚悟した彼女が最期の闘いの準備をしているからなんだ、と納得した。

決意に満ちたアヴェマリアを聴き、ほんとうに胸がつぶれそうだった。

OTELLO©Ken Howard/Metropolitan Opera_SRPhoto: Ken Howard/Metropolitan Opera

聴覚も視覚も、運がよければ嗅覚や味覚や触覚までが最上級の美で満たされるオペラは「残酷で美しい世界」の究極の形。

そんなすてきな世界を実際に味わってみたい、というひとに「METライブビューイング」は最適だ。磨き上げられた美が競い合うステージを5.1サラウンド音響とカメラワークで目撃し、幕間に愉快なバックステージを覗く。それだけで、「最高の芸術家もおなじ人間なんだ」と気づくことができるだろう。

「恋とオペラは、やめられない。」――そんな人びとが日本にも増えることを祈って、今後もエンタメでは、METライブビューイングを追いかけていきます!

取材・文 / 高野麻衣

METライブビューイング 2015-16

オフィシャルサイト http://www.shochiku.co.jp/met/
第4作『ルル』2016年1月16日(土)〜1月22日(金)
第5作『真珠採り』2016年2月6日(土)〜2月12日(金)
以降順次”開演”予定