1987年11月劇場公開作品
発売元:フジテレビジョン・小学館・ポニーキャニオン
販売元:ポニーキャニオン
DVD:3,000円+税
ホイチョイ青春3部作の第1弾にして80’sトレンドの金字塔。
ゲレンデの恋人たちに贈るとびきりキュートなラヴ・ストーリー。
STORY
ユーミンの「サーフ天国、スキー天国」に乗って志賀のゲレンデへ向かう矢野文男(三上博史)。26歳の商社マンの彼にとってスキーは生活の全てで仕事や女性よりも優先される。今回も中学時代からのスキー仲間、正明(沖田浩之)、真理子(原田貴和子)、和彦(布施博)、ヒロコ(高橋ひとみ)とゲレンデでクリスマス休暇だ。一方、OL の優(原田知世)も同僚の恭世(鳥越マリ)と志賀に来ていた。ボーイハントに夢中の恭世だが優はちょっと遠慮がち。そこへ文男が軽快にジャンプして滑り降りてきて、2人は運命的な出会いが……。ホイチョイ・プロダクションズ代表の馬場康夫のメジャー初監督作品。若いサラリーマンとOL が、クリスマス・イヴの志賀高原のゲレンデで出会い、バレンタインデーの万座で本物の愛を確かめあう恋物語。2カ月足らずの男女の恋の軌跡をユーミンのウィンターソングに乗せハートフルに綴った。
監督 馬場康夫
原作 ホイチョイ・プロダクションズ
脚本 一色伸幸
製作 三ツ井康
企画 宮内正喜
プロデューサー 宮島秀司、河井真也
プロデューサー補 小林寿夫
挿入歌 松任谷由実
出演 原田知世、三上博史、
原田貴和子、沖田浩之、高橋ひとみ、
布施博、鳥越マリ、飛田ゆき乃、
竹中直人、田中邦衛 ほか
「え、志賀高原から万座って直線だとたったの2km だったの!?」
ユーミン、プリンスホテル、セリカ、アマチュア無線、ゲレンデ告白……
空前のスキーブームの火付け役となった僕らのアイコン“私スキ”。
バブル期の総合商社に務める矢野(三上)は残業もほどほどに帰宅。自宅ガレージで愛車カローラⅡのタイヤをスタッドレスに履き替える。荷物はトランク、ロシニョールのスキー板はキャリアに積み(ここでタイトル文字が浮かぶ)キーを差し込みエンジンをひと吹かし。ブオォーン。
カーステのデッキにカセットテープを差し込む。流れてくるのはユーミンの「サーフ天国、スキー天国」。MEIDI-YAで食材を調達して夜の高速を快走。向かう先は志賀高原……。
もはや伝説となった『私をスキーに連れてって』のオープニングシーンだ。映画の公開は1987年11月。空前の80’sスキーブームはまさにここから始まった。
この頃、僕は17歳。高2。テニスの部活をさぼって、友人とコンビニ弁当の仕分けバイトに勤しんでいた。高校生に時給950円という良い時代だけに(バブル感謝)、ゲレンデに遊びに行くお金ぐらいは自分で稼げた。
幸いふたりの兄がいたおかげで、ウェアや板の用意にも困らなかった。このふたりに困ったのは兄貴たちの彼女からの電話だ。親でも間違えるほど兄弟3人の声が似ていたので、電話先で突然知らない女性に泣かれたことがある。
末弟として、長兄次兄のPLAYBOYっぷりにはある意味感動したが、迷惑は迷惑。家族全員で1台の固定電話を共有していた時代には、どこの家でも似たようなエピソードのひとつやふたつはあったに違いない。
“私スキ”のゲレンデでの通信手段もアマチュア無線だし、優(原田)はとっさに矢野(三上)に嘘の番号を教えるぐらい“恋のホットライン”は簡単な赤外線なんかではすまされない、血と汗で勝ち取る生命線だったのだ。
さて。僕は、志賀高原へはスキーパックの観光バスで行った。
貴和子姉さんがアクセルを踏み込むセリカGT FOUR は、高校生には夢のまた夢。横浜駅西口の発着所は荷物を担いだ人でごった返し。翌朝のゲレンデは黒山の人。リフトもトイレも長蛇の列。映画の舞台となったプリンスホテルの1皿1000円のカレーを食べるだけで1時間待ち。
E 気持♪の沖田浩之よろしく「と・り・あ・え・ず」のシャッター押しはさすがに見かけなかったが、白いワンピース型ウェアの“勘違い知世”は本当にいる、いる。いるな〜。さらにその倍はいたと思う“なりきり三上”が混み合うゲレンデを直滑降! かなり危ねーよ。
しかしこのわずか10年後にスキーヤーとスノーボーダーの立場が逆転するとは誰も予想していなかったはずだ。女の子と“ムカデ滑走”で浮かれていたこの僕もしかり。あの頃に、バーン!
文 / 安川達也